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続・どうしてこうなった

ほら、あなたにとって 大事な人ほど、すぐそばにいるの――「小さな恋のうた」より抜粋
ささやかでちっぽけな心に咲いた花は、誰かの気持ちで色を纏う――「プレイス・オブ・ピリオド」より抜粋



11月10日。
11月11日。
この2日間は、私が生きてきた20年の中で、最も不思議で異質な、異常なものとなりました。



……と、思わせぶっておいて唐突に昔話を始めます。

いえ、昔話といってもそんなに昔のことではありません。せいぜいがここ1年のこと――ちょっといつだったかは正確に記憶していないのですが、冬か春かに実家に戻った時のことです。

実家に戻った時、私はある友人の元を尋ねるようにしています。ぶっちゃければ2011年8月16日「若者が集まって甲子園を眺める」の時に書いた「旧友の家」のことです。

で、ですね。ある時、私が夜7時くらいまでお邪魔してて、そろそろ帰らないとなぁと思っていたんです。
その時ちょうど、向こうの親御さんが「ご飯よ~」と呼んでいました。
夕食の時間ですから当然、私は帰らなければなりません。荷物をまとめ立ち上がったところに、訳の分からない一言が舞い込みました。

ともだち「ご飯だって」
わたし「……? え、ああ、だから私はこれで――」
ともだち「ご飯だって」
わたし「いや分かったから、だから私は」
ともだち「ご飯だってさ、○○(私の名前)」
わたし「――……え?」

ともだち「○○の分も用意してるから食べていって」

いや何言ってるんだこいつ。
……と思いながら、結局は押し切られる形で夕食をいただきました。
人の家でご飯を頂くなど初めてのことです。……いえ、案外小学校時代にあったかもしれませんが、それはもう記憶にないのでノーカンにします。

まさか“人の家でご飯を食べる”などということが想像できるはずもない――というのも、私は基本的にそういう「人と何かをする」という経験が決定的に欠如しているので、「人とご飯を食べる」ことすら想像しにくいのに、「人の家でご飯を頂く」ということを想定できていたわけがありません。

とはいえ、私はやり始めるまで躊躇してもやり始めてからは吹っ切れるタイプなので、何度も何度も恐縮し断りながらも、最終的に食卓についた時は、しっかりとご夕飯を頂きました。




――とまあ、ここで言いたかったのは「人の家でご飯を頂くことは、私の人生においてかなり想定外な出来事である」ということです。

こういう「想定外」って人によって色々あると思います。例えば昨日まで恋愛に縁がなかった人が、いきなり異性から告白されるのは“想定外”です。だってその人は、自分の人生において恋愛要素が入ってくるなんて想像していなかったのですから。
恋愛云々は1番分かりやすい例えですが、他に挙げるなら、「今まではテストで赤点常連だったのに高得点を取る」(これは実力によるものも大きいですが)「何気なく書いた読書感想文(夏休みの課題とか)が賞を取る」とかでしょうか。

もちろん“想定外”には嫌なことも混じります。「キャッシュカードを落とした」(リアル数カ月前の私)、「普段は寝坊なんてしないのにテストの日に限って寝坊した」(リアル略)、「いつも同じところに入れている鍵がない」とか。

この“想定外”は、よし悪しに関わらずできれば発生してほしくないものです。対応に追われますからね。
しかし逆に言えば、“想定外”があるから人生は面白いものです。最初から決まりきった人生なんて面白くありません。
勝つことが決まっている、ノーレートのギャンブルなんて面白くないのと同じことです。

故に、私は“想定外”を大切にしていきたいのですが――




さすがにね。

私の人生で起こりえるとは思っていなかった出来事が、何個も何個も、怒涛の勢いで押し寄せてきたらね。

私だって戸惑います。

だから――「どうしてこうなった」。私はただ、それを繰り返すだけなんです。
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[ 2011/11/11 18:55 ] 日常生活 | TB(0) | CM(0)

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